Visual Bookmarks - 普通の日々をカメラで記録

デジカメとスマホ、時々銀塩 と、割りと節操ない感じで日々を切り取ってお伝えします。

ハノイのこと

数年前の話だが、縁あってベトナムの首都ハノイに年3~4回のペースで行っていたことがある。

仕事で出張していただけなのだが、ポッカリ時間が空くことがあり そういう時間にカメラ片手にハノイ市内をウロついていた。

 

その頃の記録を纏めてみたい。

 

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これは有名なハノイ大教会ことセント・ジョセフ教会だ。

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確か、この時は夏の暑い季節だったと思う。

ホテルから一時間くらい歩いた為、休憩を取ろうと近くのカフェでコーヒーを飲んだ。

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実はベトナムはコーヒーの産地であり特産品のひとつに数えられる。

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このあたりは観光客向けの店が多く、やや値段が高めだがその分雰囲気も抜群だ。

 

大教会周辺の旧市街では、週末にナイトマーケットと呼ばれる夜市が開かれる。

あまり治安がよくないので、駐在員からカメラを持ってふらつくのは危ないと言われ 撮影を断念した。

代わりに昼の旧市街を露天を冷やかしながら散策した。

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f:id:m2o-email:20170222231906j:plain人の活気なのだろうか、昭和の日本に近い印象を受ける。

これからベトナムは経済成長期を迎えるのだろう こんな風景はもう見られなくなるのかもしれない。

 

ベトナムはとにかくバイクが多い。

一家全員がバイクに乗っている姿をよく見かける、即ち3人 いや4人乗りなのだ。

父親がハンドルを握り座席の前に腰を”掛けて”その後ろに子供を1~2人、シートの後ろ端に母親というサンドイッチスタイルだ。

面白いのは、安全のためヘルメットの着用率は高いのだが 女性用のヘルメットはポニーテールをしたままかぶれるように、首の付け根のあたりが大きくえぐられている。

安全的にはマイナスだろうが・・・おしゃれには気を遣うのだ。

 

続いて、タンロン遺跡に行った。

フォトジャーナリズムの全盛期の真っ只中に起きたらベトナム戦争がどんなものだったのか? ロバート・キャパの写真を見てから興味があった。

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この先はベトナム戦争時の作戦指令室になっていたとのことだ。

地中奥深くに作られており、飲み込まれるようだ。

今なお、戦争の重く暗いイメージを伝えている。

 

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軍人将校はこのテーブルで作戦会議を行い、食事をとったのだろうか。

 

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ベトナムはとにかく食事で困ることなはい、何を食べても旨い。

フランス領だったこともあり、フランス風ベトナム料理などもある。

 

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ベトナムの革命家 ホーチミンハノイに遺体が安置されている。

 

この革命家の名前に改名された旧サイゴン ホーチミン市にはついぞ行く機会に恵まれなかった。

タンロン湾もハノイから近いようでその実、半日かかるので行けていない。

いつになるか分からないが、是非一度訪れてみたい。